はじめに:
1.かなりの長文となっておりますので、皆様お暇な時にどうぞ。
2.出産未経験者の方で、体験談を聞くのが怖い。嫌だ。という人は読まないほうがいいかも。わたしは「出産」というのはこうだ!という先入観を持ちたくない派。十人十色、個人的な体験なのは百も承知。でもわたしなら、「恐怖におののく」ような体験談は聞きたくない。
*2007年1月21日(日)午後10時半頃。
毎晩の日課である、夜のお散歩を終わらせ、ソファーに座っておもしろくもないけどとりあえずテレビ。
8時頃からちょっと気になっていたお腹の痛みが増してくる。
「ま、まさか!!」と思う期待は結局遠のくが、その晩は痛みで一睡もできず。
一人孤独に陣痛と戦う。
*2007年1月22日(月)
太陽が昇る。陣痛は今だ続く。
戦い過ぎて疲労気味なのにもかかわらず、陣痛はそんなわたしのことなど平気で無視して襲ってくる。
夕方、リッチが病院に電話。内診に出かける。
が、子宮口オープン0(ゼロ)センチ。
向かいの部屋から聞こえる「陣痛真っ最中」のもうすぐ母なる人の呻き声にびびる。
このまま病院にいてもいいと言われるが、(先生の予想では朝方には本格的な陣痛がはじまるでしょう。とのことだった。)
「帰ります。」と言って帰宅。
うめき声筒抜けの病院に居たくなかった。
痛み止めと眠り薬をもらって服用するが、そんなもの効くわけがなくまた一睡もできす。
*2007年1月23日(火)
疲労が重なってゆく中、リッチのいとこからのアドバイスで「歩け!」。
この陣痛と共に?歩くの?
ということで、散歩。かなりスローペースなよちよち歩き。
しかも陣痛が襲って来るたび、顔をしかめて完全停止。
ああああ、もたれかかれるものが欲しい。
リッチーーーーー!。お願い支えて。
散歩も約20分でギブアップ。
これ以上歩けません。動けません。
「体力保持」の為、夜ご飯にいやいや「ラザニア」を食べさせられる。
トイレに行くと、「おおおおおおおおお!!待ってました!お・し・る・しーーー!」。
嬉しいんだけど、ちょっと不思議な感じ。
そんなかすかな嬉しさも夜中に入ると激痛によって完全抹消されてしまう。
今日で3日目の陣痛バトル。眠くて眠くて仕方ない。
ソファーの上でうとうとし始めると「陣痛」。
で、その40秒間乗り越えてまたうとうと。
これの繰り返しが続き、また一睡もできず。
*2007年1月24日(水)
体力ももう限界。朝方4時頃おふろにお湯を入れてつかってみる。痛みは?和らぐ?かな?
。。。。あんまり。でも少しはまし。かも。
また、おふろでうとうと、陣痛、うとうと、陣痛の繰り返し。もういい加減にしてくれ!!
一日中、ソファーに座り、椅子に座り、ベットに横になり、家の中をちょっと歩いて見たり、床に四つん這いになり、いろんなポジションを試して陣痛を乗り越える。
今日も一睡もできす。
*2007年1月25日(木)
日にちが変わって、午前3時。
陣痛の間隔が6分前後になってくる。と共に陣痛も激しくなってき、今までかすかな呻き声だったのが、ボリュームアップ。
それでもまだ耐えて耐えて耐えようとするわたし。
まだこんなのへっちゃら。と陣痛の合間に自分に言い聞かせる。
なんだけど、もう体力的に限界なとこまできている今日でDay5。
午前4時、見かねたリッチが病院に電話を入れて、いざ出陣。
ドキドキしながらも、不安な気持ち。
内診で子宮口4センチオープン!!
おおぉぉぉ。歓喜の叫び。やった~~ぁ。
と、幸せを感じている時間も、結局は激しさを増す陣痛で掻き消されてゆく。
デリバリールームに移されて、産婦さんのアドバイスでお風呂に入る。
痛い所は腰、腰、腰。腰全体。
陣痛がくると腰を上げて湯船に浮かせてみる。
そうすると痛みがほんのちょっとだけ和らいだ。
リッチはずっと腰をマッサージしてくれる。
それから4時間、8時半に先生が来るまで、リッチと共に呼吸法をしながら、腰をマッサージしてもらいながら耐える。
内診、アゲイン。これがまたくせもの。そんなに入れるな。
おもいっきり突っ込むなー!痛い。痛い。痛いよー。
内診の度、叫ぶわたし。
子宮口オープンの変化なし。なので、破水することに。
で、また手が入ってくる。もうええかげんにしてくれ。。。
叫び、アゲイン。
破水って、ほんとに水が破れる。
バシャーって洪水みたいに溢れ出た羊水に、まじびっくり。
で、陣痛促進剤みたいな点滴をする。
「これで、陣痛がひどくなり子宮口も開いてくるでしょう。」とのこと。
もちろん、医学の力は凄い。
陣痛は更に激しくなり、間隔も2~3分と短くなってきている。
呼吸法がだんだんあやしくなってくる。
陣痛がくるともう呼吸法ができなくなるくらい痛さが勝ってしまう。
100パーセント呼吸法はできてないにしろ、60パーセントくらいは必死でなんとか頑張ってみる。
息を吐く時には必ず、「うぅ~うぅ~うぅ~うぅ~うぅ~うぅ~。」と声を出す。声が出る。
そうしないと呼吸法がだめになる。
足の指がグーになる。どこかにしがりつきたくなる手が痙攣しそうになる。
そのたび、リラックスして。と優しく腰のマッサージ続けてくれるリッチ。
頭の中で、痛くない。痛くない。と念仏のように唱えるわたし。
ほんとは、痛い。でも痛くない。
これは一種の快感なんだ。と妄想に浸ろうとする。唱え続けること更に4時間。
午後12時半、先生がまた内診にくる。
こんなに絶えたんだから、もうそろそろ産まれます。って言ってくれるだろうとかなり期待していたわたし。
そんな期待は「まだ4センチか。。。」という先生の残酷で衝撃的な言葉にあっという間に抹殺されてしまう。
その時どれほどの落胆を味わい、どれほどつらかったのかは今でも鮮明に覚えている。
ほんとに、ほんとにつらかった。
こんなにも頑張ったのに、こんなにも一生懸命頑張ったのに。
病院に着いてから8時間、わたしの精神力をここまで支えてきた「もうすぐ産まれる。あとちょっとで産まれる。」という願いは、「この調子では夜に産まれたらいいほうでしょう。」と言う先生の言葉であっという間に叶わぬものとなってしまった。
後、7時間?そんなに耐えれません。もう限界。
悲しいのといらいらが混じってパニック状態に陥ってしまう。
「点滴のせいで、陣痛は普通の2倍になっているので、痛み止めなしで痛みに耐えるのは難しいでしょう。」と先生がリッチに話しているのがかすかに聞こえる。
その間にも痛みはどんどんどんどん増していく。
呻き声が呻きではなくなり、叫びとなる。
ベットに横たわるわたしの手を握り、ひたすら腰のマッサージを続けてくれるリッチ。
絶対に痛みを和らげる医学の薬は使いたくなかった。何がなんでも自然に産みたかった。
ごめんやけど、でももう限界。というわたしの一言で、ガス使用決定。
陣痛が来るとガスマスクから呼吸をする。マリファナを吸った時みたいにボーッとなる。
痛みは少しは和らぐもののあまり役立たずのガス。
その間にも陣痛の痛みは更に増していき、マリファナなんかじゃやっていけない。
叫びも雄叫びに変わる。
呼吸法も今となっては完全に無駄。
そんなことできる余裕なし。ゼロ。
痛さに耐えられず、「何が何でも自然分娩!」というスローガンはあっという間にゴミ箱へ。
なんでもいいからどうにかして。お願い。
半泣きの状態で、次はペセディーンの注射。
これはガスと違って、陣痛がきてない時は「Off the Planet」。
マリファナと危ない薬を一緒に服用した時みたいに、「ふうっ~」と意識が遠くなる。
陣痛が来てない時は妄想の世界につながる架け橋を渡っている感じ。
でも、陣痛が来ると、やばい。今まで以上にやばい。
雄叫びも今となっては最大音量。
こんなに叫んだこと産まれて初めて。
架け橋を渡りながら、途中雄叫びを上げ、また渡り、雄叫びを上げる。
川の向こう側にはまだまだ着けそうにない。
看護婦さんがたまりかねて、「2度目の注射しますか?」
する。する。なんでもする。はよ打ってくれ。
まるでほんとの麻薬中毒者。
2度目のペセディーン。陣痛が襲う時は死ぬほど痛い。
これはこの世の痛みじゃない。腰が割れる。腰がぁぁぁ。。。で、フッと意識が遠のく。
危ない「薬」真っ最中。
これの繰り返しで、4時間経過。
午後5時、子宮口8センチオープン。
プッシュしたい。プッシュしたい。と先生に伝える。
陣痛が来たら、プッシュして。と言われ、思い切りプッシュ。
何回プッシュをしても、出てきそうで出てこない。
そしてうんこが出そうで出ない。
プッシュする度に腰が割れそうで、つりそうになる。
腰がちぎれる。腰がぁぁ。。。。。。
この痛さ、言葉にはできぬ。
プッシュを続けること約1時間半。
今考えると、よく1時間半もあれを繰り返したもんだ。。と怖くなる。
人間が耐えられる痛みのカテゴリーに絶対に入れてはいけない痛み。
「痛み」ではなく、地獄。拷問。
体力の限界をとっくの昔に通り越してしまっている状態のわたし。
「母子共にかなりストレスが溜まってきているので、この状態を続けるのは妻にとっても赤ちゃんにとっても良くない。」
「じゃあ、エピジュール(下半身麻酔)の注射か帝王切開、、」
というリッチと看護婦さんの会話が空中のどこかで聞こえる。
いやだ。いやだ。
麻酔はいやだ。帝王切開は死んでもいやだ!!
ここまで医学の痛み止め=マリファナを吸い、危ない薬を打ちながらも
最終手段=痛みゼロの医学の力。には抵抗をしてしまう。
拷問の中、「なんでもいいから、助けて。この痛みどうにかして。」という投げやりな思いの狭間で、さっき「ゴミ箱に捨ててしまったスローガン」をもう一度取り出そうとする。
「出産」を1から10まで経験したい。というのが夢だったわたし。
ほんとは、麻酔でもなんでも、腹を切り割ってでもこの痛みから解放してくれ。との思いが充満している頭の中、密かに隅のほうでかすかにまだ残っているしぶとい自然分娩願望。
これが、下半身麻酔と帝王切開拒否の理由ナンバーワン。
なのだが、もう一つ他の理由で、帝王切開にはもの凄い抵抗があった。
「お腹を切られる。」というのがどうしても耐えられない。のである。
穴が開いているところから出てくるべきはずのものを、わざわざ穴の開いてないところに穴を開けて取り出す。という概念がどうしても生理的に受け付けない。
もちろん麻酔はするから、腹を切り裂かれても痛くもかゆくもないんだろうけど、どうしても駄目。
ただ単に臆病者。怖い。のである。。。。
リッチはわたしのそんなわたしの複雑な思いを100%理解してくれていて、他の方法はないのか?と聞いてくれる。
3つくらいあったオプションの中から(何だったか覚えてないけど)吸引。を選択。
吸引???掃除機かなんかで引っこ抜かれちゃうの?
やだやだ。怖い。
でもそんなこと言ってられない。この痛さどうにかして。
救ってくれ~~~!
病院に着いてからここまで至るのにおよそ15時間。
長かった。。。ここまで。
先生が持ってきたのは、吸引機?(でいいのか?)長方形をした白いプラスチックみたいなやつにホースみたいのがついている。その大きさ、豆腐のパック。(わかりやすいぃぃぃぃ)
入ります。
ぎゃあがぎゃ@*ぎゃアア#@*がぁぎゃあ%#@*&$!!
陣痛の痛みとは種類の全く違うこれも強烈な痛み。
吸い付いた?吸い付いた?赤ちゃんの頭に吸いついたんか?と聞きたい。
はよ、出してあげて。お願い。
吸入機がぐる~っと「私の中で」何回か回転させられる。
その度に体中に走る強烈な痛み。
雄叫びも、人間から発っされる雄叫びではなくなり動物化してしまっている。
(後で聞いた話によると、赤ちゃんの位置が「正常」または「普通」ではなかった為、吸入機を回転させなければならなかったということ。)
「陣痛がきたら、プッシュして。」と言われる。
もうこれまでに何回も何百回も死ぬ思いで試んできた「プッシュ」。
ほんとこれで最後にしてね。。。
陣痛がくる。残っている力を思い切り振り絞ってプッシュする。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ~~~~~~」
吸引機とプッシュの「コンビ」で頭がでてきた。のがわかる。
頭が見えた。とリッチの声。
「へその緒が首に絡まってますね。」とあくまでとっても冷静な先生。
パニック状態なのは唯一わたし一人。
窒息死させんといてよ、お願い。
次の陣痛で再度プッシュ。
「ポロ~ン!」って感じで赤ちゃんの体全体がぬる~っと出てきたのがわかる。
リッチが赤ちゃんのへその緒を切るのをベットの上で疲れ果てて呆然としながら見届ける。
赤ちゃんは真っ青で、呼吸してない。
急いで心臓マッサージ。
産声が聞こえると同時におっぱいの上に載せてくれる。
スキンシップ初体験。
ペセディーンの「麻薬効果」がまだ効いている中、朦朧とした意識の中で頭のとんがった、血まみれの、しわくちゃの、エイリアンみたいな産まれたての赤ちゃんを胸に抱く。
「Oh, Charlie・・・Oh, Charlie・・・」しか言葉にできなかったわたし。
感動よりも、安堵感。
歓喜よりも達成感。
正直言ってあの時に感じたものは「感動!!」とはほど遠かっ たと思う。
10ヶ月間頭の中でこうなるか、ああなるかと想像していた 「出産ストーリー」とは全くといっていいほど正反対の予想外 の展開となったリアリティー。
15時間半に渡る長く過酷な出産。
その晩病院のベットで、頭のてっぺんから足のつま先までの全てのエネルギーを使い果たして、ほぼ放心状態の中、「もう2度と産むもんか!」と本気で思ったわたし。
感動の涙も地獄から開放された喜びの涙も一滴も出なかった。
ただ疲れ果てていた。というのが実態。
入院2日目の夜、泣き止まないチャーリーをあやす。
小さな声で子守唄を歌ってあげると、小さな輝いた目がゆっくりと閉じられていく。
その瞬間、なんとも言えない感情が体中から溢れ出してきた。
「チャーリー、産まれてきてくれてありがとう。ママとパパを選んでくれてありがとう。ママはどんなことこがあっても絶対チャーリーの味方よ。命がけで守ってあげるけんね。」
と知らないうちに言葉が出ていた。
言葉と同時に洪水のような涙。
母として初めて流した涙は出産直後ではなく、一足遅れてやってきたけど、本物の涙だった。
次の日の夕方、日本のママから国際電話が病院にかかってきた。
ママの声を聞いたとたん涙が溢れ出てきた。
止めようとしても止めれない次から次へと溢れ出てくる大量の涙の中、「ママ、ママに言いたいことがあるんよ。ママ、わたしを産んでくれてほんとにありがとう。」溢れ出す涙をかきわけてなんとか言葉になった、ママに伝えたかった言葉。
わたしを産んでくれた母への感謝の気持ち。
母となって初めて気づく「生命」の尊さ。
チャーリー、貴重な経験をありがとう。
そして陣痛が始まった日から産まれるまでの5日間、仕事を休んでずっと一緒に家にいてくれたリッチ。
病院での15時間半という長い間、ずっとわたしの隣で手を握り、腰をマッサージしてくれ、頑張れと励ましの言葉を絶やさなかったリッチ。
彼なしでは絶対乗り切ることができなかった出産。
夫として、父親として最高の人に巡り合えてよかった。と心の底から思い、「出産」を通してさらに深まった夫婦の絆を大切に思う。
(おおげさか??)
リッチ、チャーリー、わたしの親子3人で初めて成し遂げた貴重な経験。
今日で生後10日目のチャーリー。
オムツを替えながら、お乳をやりながら、抱っこしてあやしながら、寝顔を見ながら、こう思う。
「あと、3人はいけるかも。」